yoshiakist

絶望から徐々に抜け出し、何ができるか考えようぜ

落ち込んでいる人はとりあえず斗比主さんの記事を読もう。
読んで、私も何か書きたくなったので書く。


選挙が終わるたびに、ネット空間の荒れ具合に気持ちが沈む。
誤情報、切り抜き、煽り、怒りの応酬。声が大きいものほど広がり冷静な検証は後手に回る、言ったもの勝ちの構図に見えるときがある。

これは誰か一人の悪意の問題なのだろうかというと、勿論違う。
既に明らかなように、今のSNSはエンゲージメントを最大化する仕組みで動いている。反応が強い投稿ほど拡散され、怒りや不安は拡散しやすい感情である。アルゴリズムは善悪で動いているのではなく、目的関数に忠実なだけだ。
結果として、分断的な言説が得をする構造が生まれている。

ここで重要なのは、個人の資質や特定の政党の善悪を語ることではない。構造の話である。
短期的な注目を集めるインセンティブが、長期的な信頼を削っている。この歪みが問題の核心のように感じている。
昨年4月から情プラ法が始まって誹謗中傷・権利侵害情報への対応は進みつつあるが、誤情報全般は対象外であり脆弱性がある。
この課題について、法規制しか取れる道はないのか。

例えば全面的なファクトチェック義務化は技術的にも政治的にも難しい。何が誤情報・デマであるかを誰が決めるのかという問題は避けられないし、強い規制は表現の自由との緊張を常に孕む。
実際には、取れる道は規制云々の二択ではなく、もうちょい複雑なはず。例えば、

  • 拡散の速度に摩擦を入れる設計。
  • アルゴリズムの透明性を高める制度
  • 広告収益の流れを可視化する仕組み
  • 選挙期間に限定した特別ルール

などなど。
ただ問題は、それを進めるインセンティブがどこにあるのかという点。
政権与党に短期的な利益がなければ動きにくいのは事実だろう。プラットフォーム側も同様である。怒りが収益を生む構造の中で、自らブレーキを踏む合理性は薄い。

だからといって、何もできないのか。私はそうは思わない。

制度は、ショックが起きたときに一気に動くことがある。危機が可視化された瞬間に、準備されていた設計が採用される。逆に言えば、準備がなければ拙速で極端な解決策に流れる。
いま必要なのは、臨界点をただ待ったりそれを起こすようなことではなく、臨界点が来たときに備えて設計図を用意しておくことではないだろうか。

少数でも、議論のフレームを社会に根付かせることはできる。
議席の数だけが影響力ではない。概念が共有されれば、大きな政党もその言葉を使い始める。政策はそうやって主流化することがある。
悲観は理解できるし、私も楽観はしていない。だが、確率が低いことと、意味がないことは違うと信じている。
何もしなければ確率はゼロ。少しでも動けば、ゼロではなくなる。

言論空間の健全化は、理想論ではなく、信頼インフラの再設計の問題である。信頼が損なわれた社会は、投資も議論も持続しない。結果、長期的には誰の得にもならなくなる。だからこそ、構造の話を続ける必要がある。
怒りに怒りで応じるのではなく、仕組みを分解し、どこに摩擦を入れるべきかを考える。
どんよりした気持ちは消えないかもしれないけれど、悲観しながらでもできることはある。

別に大きな改革を起こす必要はない。
まずは、ニュースや投稿を読むときに「これは誰の資金で動いているのだろう」と一度だけ考えてみること。
アルゴリズムがどういう投稿を広げているのか、観察してみること。
不足している制度や仕組みを、自分なりの言葉で書き出してみること。

地域に小さな勉強会や市民グループがあるか、検索してみるのもいい。参加するかどうかは後で決めればいい。
あるいは家族や友人と、特定の政党やイデオロギーの話抜きで「なぜ怒りが広がりやすい設計なのか」と構造の話をしてみる。

どれも劇的な変化を生む行動ではない。けれど、観察と言語化は、確実に確率を動かす。